« 2005年9月 | メイン | 2005年11月 »
2005年10月28日
Sの彼女
小瓶を見つめていた。
奈津美からあの日に手渡された、Sの忘れ物。
この小瓶に「S」の愛がつまっている・・・?
下りの電車は徐々に混雑してきて、
私の足をサラリーマンが踏みつけるほど。
結婚する前を思い出す、懐かしくもある嫌気さ。
私は溜息を押し殺して、目的の駅まで目を閉じる。
小瓶を握り締めて。
彼女なら知ってる。
いや、多分この小瓶は彼女のものだ。
少しの確信を持っていた。
病院はいつも暗い。
待合室にいくら人がいても、とても暗い。
私は受付を通り過ぎてエレベーターに乗る。
その廊下の奥に彼女の病室はあった。
これで何度目だろう・・・。
Sが消えてしまってからは初めての訪問。
あの少女。
眠ったままの少女。
Sがたった一人愛した少女。
少女のまま眠る、美しくも憎らしい彼女。
扉を開けると、パーテーションの奥に人影を見た。
「こんにちは。」
小さく声をかける。
奥からのぞいたのは、彼女の母だった。
「あら、りょうちゃん。」
「お久しぶりです。ちょっと寄ったんですが・・・」
すごくやせ細ったその母は、口元で笑って手招きをした。
「あの、どうですか?」
「相変わらずよ。でもね、少し目が動くのよ最近。」
乱れるはずもない布団を首元まで直して、椅子を進めてくれた。
「榛名ちゃんに見せたいものがあって。」
「あら、なに?」
私は小瓶を取り出した。
「何かしら?知らないわ・・・榛名、これ知ってる?」
彼女の母は小瓶を榛名の顔に近づけて、一緒に覗き込む様なふりをした。
「Sが持ってたんです。」
少しの間を置いて、「彼が?」と。。。
Sがいなくなったことを少し話した。
女たちのことは隠して。
母はなんともいえないという表情で、首を少しかしげた。
「これ置いていきます。多分榛名ちゃんの物だと思いますから。」
私は少女の顔を覗き込んで、その寝顔に心をを無にした。
どうして、Sと彼女はこうなってしまったのか。
やっぱりSを探さねば。
わいてくる嫉妬や、迷いが粘るように私に張り付く。
碧く、どろりとした感情。
「約束してたのよ。」
母の声が私の心を遮る。
「Sとね、榛名が約束していたの。でも行かなかったの。」
「え?」
「海に行きたいって、眠る前に言っていたのよ。」
・・・・。
「約束したからって。でも、行けなかったのね。病気を知っていたから・・・」
小さく溜息をついて、病室からの空を見上げた。
私の碧い汚い感情が、溶けて空を泳ぐように。
いや、飛んで空に消えていくように。。。
ひらひらと、いつの間にかきらきらとした感情に摩り替わる。
*******************************
いっぺん参加作品
お題
「ラッシュアワー/約束の場所/青い蝶が」
投稿者 さゆりん : 14:30 | コメント (5) | トラックバック
2005年10月24日
Sの涙
気がつけば霧雨。
こんな日はSのことを思い出す。
改札の階段を、滝のように流れ下りてくる人混み。
まるで滝のように、決まった服装の塊が
ドバッと流れてはまばらになり、少しの間を置きまた塊になる。
「あなたが津田さんかしら、津田奈津美さん?」
女は40代半ばといったところ。
あの男の奥さんにしては若い。
「そう。」
私は看板でも見るかのように、無機質な視線を女に向けた。
「どうぞ。」
喫茶店の窓から、流れる人ごみの中にこの女もいた。
白のスーツが目立っていたから、きっとそうだと感じていた。
あの男はこういう女を嫌っていたから。
「あまり時間がないので、率直に。いいかしら?」
「どうぞ。」
女は、こんなところは一秒でも早く立ち去りたいといった様子。
「主人の生前には、津田さんには大変お世話になったという手紙が出てまいりましたの」女は店員に差し出されたメニューを手で断り、続けた。
「それで、失礼かと思いましたが。。。これを。」
一枚の小切手。
私は金額も見ずに受け取り、かばんにしまった。
女は呆れたという顔をして、そして嘲笑した。
「もっと拗れるかと思いましたけど、よかったわ。」
そして、「受け取るとも思いませんでしたから。」
と言って、笑った。
「私の仕事は、あなたのご主人の愛人でしたから。」
受け取るだけの理由がある。
女はハッキリと「愛人」と言う言葉をきいて、表情を一変させた。
「でもね、私は彼に何一つ頼みごとはしてないんだよ。奥さん。
私が彼に頼まれて、愛人をしてたんだ。」
何もいわずに睨み付けるだけの女に、
「電車が込んでいるので気をつけて。」
と言って、席を立たせる。
タバコの煙がふわりと窓に張り付き、改札へ続く階段が曇った。
そこにSが立っていた。
煙が消える頃に、女がSの横を通り過ぎて階段を姿勢よく上っていく。
Sがこちらを見た瞬間だった。
気がつけば、雨粒。
私はなぜか、Sから目が離せなかった。
泣いているようで、立ち尽くす姿が。
雨に揺らめいて碧く、まるで飛べない蝶が止まっているかのようで。
あの日あの男に呼び止められたのは、私がこんな姿だった時かも。
なじみの喫茶店から借りた傘を差し出すと、
「何処から来たの?」
と聞かれたんだった。
「何処からでもないけど、行きたい所に行けなくなったからここに来た。」
あんたは何してるの?
「約束の場所への行き方が、思い出せないんだ。」
これがSと私との出逢いだった。
***********************
いっぺん参加作品
お題
ラッシュアワー/約束の場所/青い蝶が
投稿者 さゆりん : 21:26 | コメント (7) | トラックバック
2005年10月14日
私の理由 番外編~Sの愛
少女はまだ、少女のままの恋をしていた。
彼はまだ少女のままでいる彼女を、少女のままに愛していた。
水曜の夕暮れ時、彼は彼女の小さな柔らかい手をとって
口元だけで微笑んだ。
「海に行く?」
少女は小さく頷いて、彼の手をきゅっと握り返した。
秋の夕暮れを、少女は彼の手を離さずに歩いた。
彼は少し優しく、口元で微笑んだ。
その曲がり角を曲がると、海が見える。
波にまぎれて、海に混ざる人を見る。
高い波が飲み込んでは、また現れる夏の忘れ人を。
少女と彼は、まるで他人事で見つめていた。
それが、映像であるかのように。
そこに物語は無く、今感じる手の柔らかさと頼もしさだけが
物語だと信じていた。
その急な坂を、ちらほらといる人々にまぎれて歩く。
何の目的も無く、ただ上へ。
そして、また下る。
反対の海を見るために。
人の浮かばない海。
途中で少女はみやげ物に立ち止まる。
それは小さな硝子の小瓶に、到底この海のものではないであろう砂の入った
つまらないよくあるみやげ物。
少女はそれをひとつ手に取り、彼の顔に近づけた。
「みて、未来の物語がつまってる。」
彼女のいたずらのような微笑に、彼は無言で微笑んで
それを年老いた店主から買い取った。
「ほら、未来が手に入った。」
洞窟まで下ると、そこには自然の音響が現実の映像とともに響いていた。
ひんやりと寒い洞窟で、彼と少女は黙っていた。
いつも黙っている二人だった。
来た道を、下ったものを上り上ったものを下って
また、海に飲まれては浮き上がる人を見る。
「いつまでもそのままでいいよ。」
彼は少女の顔を見ずに、その手を離した。
少女は初めて、自分が少女のままだと知った。
彼は少年ではないと。
しばらくした後、夕日が傾ききってやっと彼女が言った。
「そんなわけには、いかないの。」
彼女は彼の腕に顔を沈めて、ゆっくりと目を閉じた。
そして、小さな小瓶を取り出して。
「私の未来をあげる。」
彼の美しい手に握らせた。
Sという名の彼の手に。
投稿者 さゆりん : 23:21 | コメント (8) | トラックバック
2005年10月11日
Sの影
水曜の夕暮れ時。
小さな駅の前で、奈津美という女の子を待っていた。
会った事も無い彼女をただ、目でウロウロと探していた。
「涼子さん?」
可愛らしい、幼さを残す声で振り返ると、
Sと関係があったとはとても思えない、若々しい彼女が立っていた。
「奈津美さん?」
「そうそう。とりあえず、どっか入ろう。」
奈津美は私の腕を戸惑いもなしに、引っ張り喫茶店へと向かった。
彼女の屈託の無さが、またSの存在からは不可解なものに感じていた。
奈津美は真っ直ぐに、奥の窓際の席へと座った。
「ここが指定席なの。」
えくぼのある笑顔で、真っ直ぐに私を見る。
「あの曲がり角でね・・・」
彼女は窓から、駅のすぐ脇の電信柱を指差していた。
「Sが立ってたの。泣いてるみたいだったのよ。」
奈津美は今までに無い表情で、その先を見つめていた。
「泣いてるみたい?」
「うん。Sを知った後では考えられないんだけど。」
ー本当に泣いてるみたいに見えたの。。。
私も知ってる。
Sの泣いているような、たたずむ姿を。
「あの人何ってたっけ?本命彼女。」
語尾を少し茶化し、奈津美はメニューを私に渡した。
「かなちゃん?加奈子さんだよ。」
「ああ、そうそう。あの女ちょっとあれだよねえ。」
「あれ?」
「なんか、すっごく存在感のある陰気さじゃない?」
わたしは、メニューに視線を落とした。
「からかってやったんだ。あなたが本命でしょ?って。」
最後は本当に笑っていた。
「そしたらさあ、すっごく喜んだ表情で、自信満々でSの部屋の後始末してんの!」
「え?」
「何人か女の名前に電話したんだけど、鍵を持ってたのは彼女だけだったの。」
私は何かが砕け散るような気持ちでいっぱいだった。
Sの想い。
私の思い。
かなちゃんの想い。
「Sを探すの?」
「うん。」
「なら、Sの忘れ物あげようか。」
小さなバックから、ちいさな、小さな硝子の小瓶を差し出した。
「Sってさ、家にいつも忘れ物するの。」
「これ・・・。」
「俺の愛情なんて、この瓶に入るくらいしかないんだ!って言ってたよ。」
奈津美と別れると、外はもう日も落ちて月が鮮明に顔を出していた。
駅のホームで、小瓶を眺めSを思う。
小瓶に映る月が、膨らみ始めていた。
投稿者 さゆりん : 23:13 | コメント (5) | トラックバック
2005年10月 2日
Sの足音
「涼子、まだここに居る?俺、搭乗券とって荷物預けてくるけど。」
正人は、優しい笑顔でテキパキと荷物を手に取った。
「うん。お願いする。」
私は自然と微笑み、甘えた仕草で正人の顔を見た。
正人は口元で笑って、荷物を両手に立ち去った。
Sを待っていた。
深夜に近い夜の空港。
作業服を着た、猫背の男が通り過ぎる。雑誌を抱えて。
気だるそうに通り過ぎざま、目が合う。
細く鋭い目線。
冷たく凍りつく。
この目!誰かにそっくり。
男から目をそらして、下を向く。
ため息が出そう。
Sは来ないと思う。
招待状を送った時は、確かに連絡があった。
「結婚?馬鹿だねえ。」
って、笑ったS。
その昔の私の気持ちを知っていて。。。
Sが卒業した次の年、私たちの母校が夏の大会で最終まで残った。
私の恋の決着をつけるため、私はSを球場に誘った。
その時もSは、
「県大会?凄いね。」
と、笑って返事をしなかった。
私が球場で待っていることを、Sは知っていて来なかった。
従姉という立場から、解放されたかった。
いつだってSを見ていたのに。
Sはいつも、私を横目で笑って無視するでもなく無視していた。
私は知っていた。
Sがいつも愛している相手を。
でも、もう私はあの球場で泣いたのを最後に、
Sから開放されていた。
あの球場で正人と出会い、本物の恋をして。
暖かな気持ちを抱いて、結婚するのだ。
Sに会いたい理由は、他にある。
絶対に会わなくてはいけない理由。
私は携帯を手に取った。
Sの携帯へ。
電話中に、また猫背のあの男が通り過ぎる。
「リョウちゃん。」
聞きなれた声がして、上を向く。
冷たい表情の細い目が私を見ていた。
「かなちゃん・・・」
前髪を重たく落として、長めの黒髪を頬までたらし
白く膨らんだ頬を覗かせる、その奥の表情。
くり抜かれたような、奥深い目。
私をいつも凍りつかせた、あの表情。
「どうして・・・?」
「Sは来ないよ。」
うっすらと笑って。
彼女の手に鍵が。
猫背の男とダブった瞳に怪奇を含んで。
つづく




