« イレブンストーリーズ・Ⅰハルの事 | メイン | イレブン・ストーリーズⅢ葵とハル »
2007年9月26日
イレブンストーリーズ・Ⅱ葵の場合①
ベランダに一筋の煙を点てる。
小さな寝息を確認したら、私はベランダに出て雲を眺める。
昼間のこの時間の空の向こうには、過去の思いや胸に抱える難題の答えがある。
一筋の煙と共に雲に心を泳がせる。
昔、私は存在を消したかった。
今日の雲の流れた軌道を、明日誰もが忘れているように
私は誰の過去にもならずにうっすらとした記憶の一部に過ぎない、そんな人間になりたかった。
特別何もできなかったし、特別できないものもなかった。
そこそこの得意と、まあまあの不得意。
そんな中で特に主張したいこともなかったのに、何かが目立っていた。
誰もが「違う」と言った。
私と言う存在は、なにか他者に対して自信を奪うようなものを持ち合わせ、
時折自分でも知らないうちに不愉快と言うよりは、恐怖に似ている感情を抱かせるのだった。
かといって人を貶めたり、無駄に攻撃をしたりするでもなく、飄々とそこにいて
私自身がそれに気づかずに生活していたのだ。
それ故に、攻撃してこないのならと相手から言葉によって先制されたりもした。
私は競争すると言う意識が苦手だ。
なぜ競い合うのか。
競い合うことを仕事としない限り、それに心を奪われて日常のほとんどの情熱を注ぐと言うのはいかがなものか。
なんにせよ、自分の能力を測るというのは大切だと思うが、他者と比べて良いだの悪いだのと言うのが
何よりも嫌悪感を覚えていたのだ。
それは家庭環境にもかなり影響されてのことだが、我が子を抱いてはじめてわかる。
そうか、もう始まっているのだな。
「産まれたときは何グラムだったの?」
何の疑問も抱かずに受けた質問に、「娘は3000グラムちょうどでした。」
肥満通告された妊婦ライフを送った私にしては、まあまあ優秀な成績だ。
昔は大きい子を産むと褒められたりしただろうが、栄養が行き届いているとか米文化の憧れの象徴など
そういったものの影響も大きくあったのだろう。
最近では、産む前から妊婦の体重も厳しく管理され、出産時に適している子供の体重は
2700グラムぐらいなんて話を聞いたくらいの私は、3000グラムなら自分の体重の管理のがさつさを責められない
ギリギリの胎児の体重と判断していたのに。
「うちはね、3900グラムだったのよ~。」
間延びした、どこか勝ち誇ったようなその初対面の産婦に動揺してしまう。
比べるということがもう始まっているなんて。
それはお互いの価値観をまったく無視したやり取りを、こんなに突然強いられるなんて。
こんなことにどれだけ慣れていけばいいのだろう。
生まれたばかりの娘を抱いて、途方にくれるような感情に襲われた。
一筋の煙と空高い雲が重なり合って、私の思考が戻ってくる。
私は常識人である自信が人並みにはあるが、私の常識が通用しない世界ではどう暮らしたらいいのだろう。
常に迷い、常に考え、常に答える。そして実行。
それを今までもこれからも繰り返していくのだ。
だから私は反抗する。
たった一つの反抗。
小さな子供を持っていながらの喫煙。
夫の家族の誰もが嫌煙家というなかで、私は絶対にタバコをやめない。
私がハルのような女の子だったら・・・。
時々思う。
ずっとずっと思ってきた。
憧れにも近い感情で、私は同級生のハルを見てきた。
私にとってハルはいつも心が自由だったから。
この空の向こうにいつも、私はハルを思う。
私はずっとハルになりたかった。
・・・・・・・・そして、着信音。
ハルからの電話。
私はいつもこの電話に気持ちをスタンバイさせている。
スウィッチはいつもONだ。
私はハルになりたかったから。
今のハルに何が起こっていても、これからの彼女がどんな人生を歩もうとも。
私は彼女に憧れてやまない。
投稿者 さゆりん : 2007年9月26日 02:37
トラックバック
このエントリーのトラックバックURL:
http://marplus.net/mt/mt-tb.cgi/562