« 2006年5月 | メイン | 2007年10月 »
2007年9月26日
イレブン・ストーリーズⅢ葵とハル
何かを考えるときに私は両の手のひらを眺める。
どこかつるっとしていて、指の長さに比べると手のひらの割合が大きい。
父親譲りの「器用貧乏な手」。
手相は薄くて、必要な限りにしか線がなく、それも薄い。
手のひらにふわりとなにか、軽くて輝いていて・・・雪の結晶のようなものが降ってくる様だ。
一瞬の無心の後に包み込むような想いが徐々に一まとまりになっていく。
こういう時間が好きだった。
悩むことも、時には楽しいもので、私は手のひらを眺めて過ごす時間を愛している。
幼いころから、これといったコンプレックスがなかった。
言い出せばきりがないけど、他者であればそれに値するものはたくさんある気もするけど。
背が低く、常に前から一番という長い年月が続いたことや、成績が中の中であること。
家庭の環境は特に悪くはなかったが、働き者の母が常に父の会社に介入していて
小学校も高学年になるころには、下校時刻にも帰宅しなくなり一人ですごす午後が長かったことも。
私はなぜか茫漠としている子供で、転校によるいじめなども特に気にしなかったので
いじめている本人たちを呆れさせるほどだった。
それが目的だったというのではなく、とにかく時の流れを眺めているのが好きだった。
この状況が苦しいとか楽しいとか、そんなことは記憶にしかならないとわかった風でいた。
特別辛いという思いを、精神的に成熟した年齢に達するまで経験しなかったのは私にとって幸せなことだ。
現実的に辛いことがあっても、家庭内で解決することができた。
それくらい、私は恵まれた環境で育ったと思う。
ハルに出会ったのは中学一年の時だった。
不思議だった。
それまで出逢ったことのない雰囲気で、自由奔放な発言や個性的な容姿と華奢な身体が
少女なのか成熟したメスなのか理解に困る。
偶然にも進学した高校でも同じクラスになり、私は心の中でだけハルに強く惹かれていた。
憧れなんだと確信したのは、私が始めて好きになった男の子がハルのことを
「クラスで一番かわいい」と言った事でだった。
嫉妬心が沸くわけでもなく、好きなアーティストが偶然同じだったときのような感動。
「私も!」
と、思わず喜んだ私を彼は笑ったけど、私は心底喜んでいた。
今思えば、やっぱりおかしいという気もするけど、思い出してもうれしい発言だ。
もともとコンプレックスもなければ、執着するということもなかった私だけど
彼のことは好きだったし、彼にも好きになってもらいたいと思っていたはず。
それでもハルは特別で、もしも彼がハルを本気で好きになったとしても私は許したと思う。
そんなハルは、中学時代に輪をかけて自由だった。
自由に見えた。そう振舞っていたともいえる。
教室以外で接点を持たない私たちだったけど、ハルは誰かがいる場所ではどこにいても変わらない様に見えた。
ただ、その自由さは、羽があるように柔らかく軽やかというのではなくて、
足枷のついた裸体のようなものだった。
地よりも深い場所で、そこにいることを忘れるために重い身体に鞭打つような自由。
私が柔らかく暖かい快適な檻の中で、行動範囲を限られた自由を持っていたなら
対してハルは、壮大な闇の中で光を発しながらどこまでも黒い物を集めて回るような。
互いに反抗心はなく、自分自身の中にだけそれを持ち合わせている不自由な自由だった。
相反する不自由と自由に惹かれていたのは間違いない。
ハルの世界に興味を深く示してはいたが、私は立ち入ろうと思ったことは一度もない。
黒いものを隠そうともしないハルが好きだったし、ハルの一から十を理解しようとした。
そして、それに喜びや楽しみを見出していたのだ。
私たちはそれぞれ特定の友達がいて、中学のなじみという形が三年間続き
親友という形をとることは学生時代にはなかった。
運命はすでに始まっていたが、知らなかった。
そして、繰り返される偶然。
私たちは何度も出逢った。
電車で。駅で。路で。そして、今につながる路をゆっくりとたどっていった。
もう、お互いが新しい苗字になってからのことだ。
私たちは抱えきれないものが形となり、未来になり、過去を反芻することでしか解決しないまでになって。
不明瞭な形を縁取り、私たちは多数決に完全に負けて。
生きる場所を模索しながら、「普通」に翻弄されながら、不良であることを自覚した大人だった。
そして、母になるという新しい場面で再会し急速に寄り添ったのだ。
私は立ち止まり、ハルは立ち尽くした。
手のひらの中できらきらと輝く想い。
一筋の糸が振ってきて、私の感情が静まっていく。
これから、ハルと私におきたことを書いていく。
「違う」という中で育った子供が大人になり、親になって「普通」という言葉に収まろうと
必死にもがいた結果を。
私は立ち尽くし、ハルは立ち止まった。
私たちは、相反する中で闇を受け入れたのだ。
投稿者 さゆりん : 23:08 | コメント (0) | トラックバック
イレブンストーリーズ・Ⅱ葵の場合①
ベランダに一筋の煙を点てる。
小さな寝息を確認したら、私はベランダに出て雲を眺める。
昼間のこの時間の空の向こうには、過去の思いや胸に抱える難題の答えがある。
一筋の煙と共に雲に心を泳がせる。
昔、私は存在を消したかった。
今日の雲の流れた軌道を、明日誰もが忘れているように
私は誰の過去にもならずにうっすらとした記憶の一部に過ぎない、そんな人間になりたかった。
特別何もできなかったし、特別できないものもなかった。
そこそこの得意と、まあまあの不得意。
そんな中で特に主張したいこともなかったのに、何かが目立っていた。
誰もが「違う」と言った。
私と言う存在は、なにか他者に対して自信を奪うようなものを持ち合わせ、
時折自分でも知らないうちに不愉快と言うよりは、恐怖に似ている感情を抱かせるのだった。
かといって人を貶めたり、無駄に攻撃をしたりするでもなく、飄々とそこにいて
私自身がそれに気づかずに生活していたのだ。
それ故に、攻撃してこないのならと相手から言葉によって先制されたりもした。
私は競争すると言う意識が苦手だ。
なぜ競い合うのか。
競い合うことを仕事としない限り、それに心を奪われて日常のほとんどの情熱を注ぐと言うのはいかがなものか。
なんにせよ、自分の能力を測るというのは大切だと思うが、他者と比べて良いだの悪いだのと言うのが
何よりも嫌悪感を覚えていたのだ。
それは家庭環境にもかなり影響されてのことだが、我が子を抱いてはじめてわかる。
そうか、もう始まっているのだな。
「産まれたときは何グラムだったの?」
何の疑問も抱かずに受けた質問に、「娘は3000グラムちょうどでした。」
肥満通告された妊婦ライフを送った私にしては、まあまあ優秀な成績だ。
昔は大きい子を産むと褒められたりしただろうが、栄養が行き届いているとか米文化の憧れの象徴など
そういったものの影響も大きくあったのだろう。
最近では、産む前から妊婦の体重も厳しく管理され、出産時に適している子供の体重は
2700グラムぐらいなんて話を聞いたくらいの私は、3000グラムなら自分の体重の管理のがさつさを責められない
ギリギリの胎児の体重と判断していたのに。
「うちはね、3900グラムだったのよ~。」
間延びした、どこか勝ち誇ったようなその初対面の産婦に動揺してしまう。
比べるということがもう始まっているなんて。
それはお互いの価値観をまったく無視したやり取りを、こんなに突然強いられるなんて。
こんなことにどれだけ慣れていけばいいのだろう。
生まれたばかりの娘を抱いて、途方にくれるような感情に襲われた。
一筋の煙と空高い雲が重なり合って、私の思考が戻ってくる。
私は常識人である自信が人並みにはあるが、私の常識が通用しない世界ではどう暮らしたらいいのだろう。
常に迷い、常に考え、常に答える。そして実行。
それを今までもこれからも繰り返していくのだ。
だから私は反抗する。
たった一つの反抗。
小さな子供を持っていながらの喫煙。
夫の家族の誰もが嫌煙家というなかで、私は絶対にタバコをやめない。
私がハルのような女の子だったら・・・。
時々思う。
ずっとずっと思ってきた。
憧れにも近い感情で、私は同級生のハルを見てきた。
私にとってハルはいつも心が自由だったから。
この空の向こうにいつも、私はハルを思う。
私はずっとハルになりたかった。
・・・・・・・・そして、着信音。
ハルからの電話。
私はいつもこの電話に気持ちをスタンバイさせている。
スウィッチはいつもONだ。
私はハルになりたかったから。
今のハルに何が起こっていても、これからの彼女がどんな人生を歩もうとも。
私は彼女に憧れてやまない。
投稿者 さゆりん : 02:37 | コメント (0) | トラックバック
イレブンストーリーズ・Ⅰハルの事
それはそれは青い空で。
先週造ったばかりの、手作りテラスはペンキの斑があちこちにあり
私はそれすら愛おしいと思っていたのに。
ついさっきまでは。
濡れた洗濯物をテラスに運び、肩越しには窓を隔てた小さな世界があって。
私の最愛という生きた宝が弾のようにはねては転がって。
それはこの上なく幸福の象徴だと思っていたのに。
ついさっきまでは。
本当にたった一瞬前までは、私の全てが満たされていると感じていたのだ。
見上げたら青い空。
吸い込まれる様に私の思考は宙をひらひらと、しかし急速に。
空へ空へと飛び立っていって・・・。
そして、不安。
昇っていった思考は糸のように細く、細く。
まるで蜘蛛の糸のようにきらきらと儚いもので、それをなんだか捕らえるのも難しいというのに、
一度その限りなく藍い青の空間に消えたと思った思考は、姿を変えて戻ってきた。
まるで巨大な隕石が私にだけ向って落ちてくるように。
まるでブラックホールが徐々に近づいてくるように。
まるで、まるで・・・竜巻のように勢いよく、しかし徐々に。
私に降りかかり、辺りは私にだけ暗黒を招く。
洗濯物がひらひらと風に揺れる午後。
冬の終わりを完璧に告げて、日差しはやさしく暖かい。
時折吹く風は冬の名残を残す冷たさで、私の頬を撫でた。
振り返ると子供が二人。
何度張り替えても無残に破かれる網戸を揺らして、その体から発するとは思えない声を上げ
人間ではない何かに変身して動き回っている。
愛おしいと思っていたペンキの斑がたまらなく気になりだす。
だめだ。
さっきまで全てが幸福の象徴だったというのに!
天使の声がビルを破壊するほどの騒音に変わる。
だめだ。だめだ。だめだ。
気がつけばひとつの斑を、洗ったばかりのタオルで擦りだす私がいる。
わかってる。わかってる。
今私がしている行動を私は理解している、なのに止められない。
音はどんどん大きくなり、私の胸の中からもしてくる音と重なる。
どんどん・・どん・・どん・・ どんどんどん!!
だめだ、だめだ。止まれ!
動悸は激しくなり、わかってる、この後の結果を私は知っている。
「やめてええええっ!!!静かにしてっ」
ほらね。
そして、沈黙。
今の私がどうなっているかも知っている。
きっと、泣く気もないのに涙が止まらなくなってて、体中がブルブルと震えている。
わかっているけど、わかっているのに。
まったく感覚がない。
私じゃない。
私じゃない。
私は、幸せな私はこうじゃない。
こうじゃない。
誰か。誰か。誰か。。。。
手垢だらけのくすんだガラス窓の向こう側に見える小さな二つの顔。
釣りあがった私の眼を恐れ、哀れみ、そして呆然と見つめている。
誰か。誰か。誰か。。。。
私を助けて。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
長い沈黙が私を襲い、落ちるとも昇るともわからないこの心の空間が堪らなく不安。
次には息ができなくなって、もっとすごい恐怖が襲ってくるのがわかる。
それはどんどん近づいてきているのだ。
そうだ。
こんなときは彼女に電話しなきゃ。
そうだ。そうだ。思い出した。
電話。
見えない糸が私と彼女をつなぐ。
それはきらきらとして、まるで蜘蛛の糸のように。
その前に薬を飲んで。
そして、あれもやらなくちゃ。
それはそれは青い空。
限りなく藍い青、私の眼には紅。
その糸はきらきらとふわり飛び立って、私は私というものから解放されるのだ。